上田和夫『イディッシュ文化』(三省堂、1996年)

中澤英雄

 

 本書の著者である上田和夫氏は元来ドイツ文学が専攻であったが、東京大学大学院在学中、日本におけるカフカの翻訳・研究の草分けの一人である山下肇教授の授業でイディッシュ語に触れて以来、イディッシュ語とイディッシュ文学の研究に深く傾倒するようになったという経歴をお持ちである。爾来、イディッシュ語の文法書や辞書や読本などを編修し、今日、日本におけるイディッシュ語研究の第一人者である。

 

 周知のように、イディッシュ語は、中世ドイツ語にヘブライ語やスラヴ語やリトアニア語などの様々な語彙が入り混じってできた言語である。ユダヤ人には、大きく分けてアシュケナージー(ドイツ・東欧)系とセファルディー(スペイン・中東)系という二つの流れがあるが、イディッシュ語はアシュケナージー系の言語である。東欧ユダヤ人の生活言語として、イディッシュ語はユダヤ人の文化や歴史と深く結びついている。イディッシュ語研究者である上田氏がまたユダヤ研究者となることは必然であった。氏はすでに、ユダヤ人の歴史と文化を紹介した『ユダヤ人』(講談社現代新書)という著書を著わしている。本書はいわば『ユダヤ人』の姉妹編とでも言うべき書物で、「東欧ユダヤ人のこころの遺産」という副題にも示されているように、とくに世界各地におけるアシュケナージー系の文化に焦点を当てている。

 

 通例の書き方とは違って、本書は新しい時代から過去に向かって遡るという形で叙述されている。最初は著者の現代イスラエル再訪記、次にアメリカ、旧ソ連、東ヨーロッパ、西ヨーロッパとなり、最後にふたたびイスラエル国に戻ってくる。

 

 第1章では、ユダヤ人の間における「言語戦争」において、ヘブライ語がイスラエルの国語とされ、イディッシュ語が抑圧された事情が叙述される。そのため、現代イスラエルにおいてもイディッシュ語をめぐる状況が決して楽観的ではないことが示唆される。

 

 第2章以下では、ユダヤ人の歴史とともにイディッシュ文化の変遷が記述されている。アメリカの章では、ロシアや東欧からのユダヤ人移民の活躍が語られる。イディッシュ語を話す東欧系ユダヤ人移民によって、アメリカではイディッシュ文化の花が開いた。ニューヨークのローワー・イーストサイド、スウェットショップ(搾取工場)、ランツマンシャフテン(同郷人会)、労働組合、イディッシュ語の新聞・雑誌、ノーベル文学賞を受賞したイツホク・バシェヴィス・ジンガーをはじめとするイディッシュ文学、イディッシュ演劇、イディッシュ映画、YIVO(イディッシュ学術文化研究所)などといった多彩なトピックについて生き生きと記述されている。だが、このようなイディッシュ文化もいまや過去の栄光でしかない。今日のアメリカは約600万人のユダヤ人口をかかえる世界最大のユダヤ人居住国であるが、そのアメリカでさえもユダヤ人の英語文化への同化が進み、イディッシュ語人口は著しく減少している。著者は、「イディッシュ語はもはやノスタルジアの対象にすぎなくなっているのではなかろうか」(81)と観察する。

 

 第3章では、アメリカへのユダヤ人移民を大量に生み出した旧ソ連圏の状況が語られる。旧ソ連圏といっても、時代的には帝政ロシア時代、共産主義ソ連時代、ソ連邦解体以降と三つの時代に分かれるだろう。帝政ロシア時代については、ポーランド分割によって数多くのユダヤ人が居住する地域がロシアに併合された18世紀終わりあたりから記述が開始されている。だが、この時代については、第4章の東欧圏と一緒に叙述したほうが首尾一貫性があったかもしれない。元来はつながりあった事項がいくつかの場所で分断されて記述されることが、本書の欠点といえば欠点であるが、それは時代を遡り、地域を分けるという本書の構成のためにやむをえず生じている。共産主義時代には、最初、ユダヤ人の宗教的・民族的側面は徹底的に弾圧されたが、「ユダヤ人のプロレタリア文化」という枠内でイディッシュ語も育成された。しかし、第二次世界大戦後、スターリンによってユダヤ知識人が大量粛清されるという暗黒時代を迎えた。帝政ロシア時代からソ連をへてロシア共和国にいたるまで、ロシア人の反ユダヤ主義的感情は根本的には変わっていないようである。この章では、シベリアに作られたユダヤ人自治区ビロビジャン共和国のエピソードが興味深かった。イディッシュ語を公用語としているこの国も、現在ではユダヤ人の海外流出が続き、イディッシュ文化は消滅に瀕しているという。

 

 第4章の東欧の章は「天国と地獄」と題されている。地獄というのは、いうまでもなくナチスによる東欧ユダヤ人絶滅のことであるが、この問題については日本でもよく知られている。では、どうしてこの地域に多くのユダヤ人が居住するようになったのだろうか。十字軍以降、ドイツから東欧に多数のユダヤ人が流入し、これらのアシュケナージー系ユダヤ人がイディッシュ文化を形成した。著者は、シュテトゥルにおけるユダヤ人の日常生活、イディッシュ語の発展、ハシディズム、ハスカラ、イディッシュ文学、イディッシュ演劇等、東欧がイディッシュ文化の「天国」となった経緯を丹念に記述している。

 

 第5章では、ドイツにおけるユダヤ人の歴史が語られる。時代的には、中世のゲットー時代から第一次世界大戦後までの長い期間で、第2章の時代と重なる時期もある。とくに、ドイツ・ユダヤ人の解放・同化の進展と、それに伴って生じたユダヤ知識人の間における東方ユダヤ人への憧憬が叙述されている。ハイネや、著者をイディッシュ語研究に導いたカフカはその典型であった。

 

 第6章ではふたたび現代イスラエルに戻るが、ここではイスラエルにおけるイディッシュ文学の歴史が語られる。第1章でも述べられていたように、イスラエルはイディッシュ語に決して好意的ではなかったが、それでもイディッシュ文学の細い流れは存続した。1985年にはイディッシュ語詩人アブラハム・スツケヴェルがイスラエル賞を受賞した。著者は、「これはイスラエル政府が、これまで嫌ったり、過小評価してきたイディッシュ語の価値をようやく公に認識した証拠」(253)であると見るが、評者にはむしろ、ヘブライ語を国語として確立した中東の強国イスラエルが、恥辱の記憶と結びついたイディッシュ語をも自分たちの過去の文化遺産の一部として評価する余裕を示したことのように思える。

 

 イディッシュ語の未来を著者はこう見る。「これまでのヨーロッパでのユダヤ人社会はバイリンガルが基本であった。〔……〕ユダヤ人のみの社会で、ヘブライ語も復活した今、イスラエル人はバイリンガルである必要がない。〔……〕イディッシュ語の果たすべき役割はもう終わったのではないだろうか。思えば皮肉なことである。ユダヤ人は流浪の中で同化に抗してイディッシュ語をアイデンティティの象徴として使ってきた。それが、流浪に一応の区切りがつき、ユダヤ人の国が誕生したと思ったらもはや果たすべき役割がないとは」(273)。だが、いかなる既成の政治的枠組みからも逸脱するこのような逆説的なあり方こそ、真に魅力的なユダヤ性と言えるのかもしれない。本書はそのようなイディッシュ性=ユダヤ性の魅力を十分に伝えている。

 

出典:『ドイツ文学』(日本独文学会)101号、1998年10月、144頁―146頁

 

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