上江憲治・野口 広明 (編集) 『カフカ後期作品論集』(同学社)、2016年2月

 

 

 本書は、同じ出版社から出版された『初期作品論集』(二〇〇八年)、『中期作品論集』(二〇一一年)に続く第三弾である。主に西日本と九州の「カフカ研究会」に属する一一人のドイツ文学研究者による一六本の論文集である。

 

 カフカは、インスピレーションに駆られて集中的に作品を生み出した時期と、執筆スランプに陥って何も書けない時期が交代した。旺盛な執筆活動はおおよそ三期に分かれるが、本書は一九二〇〜二四年の後期作品をその解釈の対象としている。ただし、前二著でもそうであったが(前期の『失踪者』、中期の『訴訟』)、『城』という後期の長編小説は扱っていない。後期といっても、本書はその時期を二つに分けている。その第一期は一九二〇年八月後半から同年一二月まで、第二期は一九二二年以降である。

 

 カフカは一九一七年に短編集『田舎医者』に収録された作品群を書いたあと、しばらく文学執筆から遠ざかっていた。一九二〇年の春、彼の作品をチェコ語に翻訳していたミレナ・イェセンスカー・ポラク夫人との恋愛が始まった。一時は火のように激しく燃えさかった恋愛は、様々な行き違いから八月後半に大きな転機を迎えた。この危機をきっかけとして、カフカは夜の文学執筆を再開した。この時期の執筆は、彼が一二月半ばに肺結核療養のために、北スロヴァキアのマトリアリに出立するときに終了した。

 

 この期間の作品はカフカによってとくに校正・編集されることもなく、断片のまま残されている。しかし、カフカの死後、友人マックス・ブロートは彼を大作家として売り出そうとし、比較的まとまった断片に題名をつけて、完成された作品として出版した。本書では、その中から三篇「ハゲタカ」、「却下」、「都市の紋章」が第二部「遺稿より」で取り上げられている。

 

 一九二〇年一二月から一年あまりのブランクを挟んで、一九二二年一月下旬からカフカは『城』の執筆を開始するが、これ以降が第二期にあたる。第二期の短編集『断食芸人』所収の四作品「最初の悩み」、「小さな女」、「断食芸人」、「歌姫ヨゼフィーネあるいはねずみ族」が本書第一部で八人の研究者によって論じられている。つまり、同一作品について複数の異なった解釈が示されている。また、この時期の遺稿類から、ブロートによって完成した作品として出版された「寓意について」、「夫婦」、「ある犬の探究」、「巣穴」も第二部で論じられている。

 

 カフカの読者であれば、本書で取り上げられているこれらの作品のどれかに触れたことがあるであろう。カフカの作品はみな不可解で謎めいた印象を与える。それが読者を様々な解釈に誘う魅力でもある。ここでは個々の論文の内容に立ち入る余裕はないが、いずれも内外の主な研究を踏まえて、各作品について議論を展開している。したがって、各論文はそれなりの水準にあるのだが、その中で言及される研究者たちの解釈もまちまちであり、あらためてカフカ作品の多義的な解釈可能性を思い知らされる。本書は、日本のカフカ研究にとって有益な論文集であると同時に、一般の読者にも、自分ひとりでは思いつかなかったような多様な視点を提供してくれるであろう。

 

 最後に苦言をいくつか。何人かの執筆者がヤノーホの『カフカとの対話』を引用している。この『対話』には初版と増補版の二種類があるが、増補された部分はヤノーホの創作(虚構)であることが定説となっている(初版もどこまでが真実かは不明)。ヤノーホからの引用にはもっと慎重であってほしかった。

 

 また、ある論文はある先行研究にかなり大きく依存しているのだが、そのことが明示されていない感がある。たとえば、一九二〇年の断片作品は、一九一七〜一八年に書かれた「八つ折判[ノート]を再読し、そこから刺激を受けていた」というのは、まだ定説になっていない先行研究のテーゼであるが、それをあたかも自分の説のように書いているのは、学術論文の作法に反している。

 

 巻末の人名索引にその先行研究者の名前(本文や注では言及されている)が落ちているのは単なるミスなのかもしれないが、フロイトによれば、こういう失念にはその人物を隠蔽したいという動機が作用しているという。学術書である以上、索引作成はもっと注意深くあるべきだろう。

 

 こういう瑕疵はあるものの、「カフカの作品に出会い、それぞれの興味や関心に従って作品を読み進める読者にとって、本書が多少なりともカフカ理解への手がかりとなれば幸いである」という執筆者たちの狙いは十分に達成されていると言えよう。

 

出典:『図書新聞』3255号、2016年5月21日

 

 

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