小林康夫著『起源と根源――カフカ・ベンヤミン・ハイデガー』(未来社)

中澤英雄

 

 

 本書は教養学部フランス語教室に属する小林康夫氏のカフカ、ハイデガー、ベンヤミンという三人の文学者、哲学者、批評家に関する論考である。

 

 私のように、小林氏がフランス現代思想の専門家であるとお聞きしていただけで、これまでのお仕事についてあまり詳しくない者は、氏が難解さでは定評のあるドイツ語系の作家について論ずるということに、驚きと感嘆をおぼえずにはいられなかったし、またいかなる経緯でこれらの対象を取り上げることになったのか、そのことをまずいぶかしく思った。しかし、本書を読むことによって、その疑念は解けた。三者はいずれもデリダが論じている作家である。小林氏の目論見は、氏自身も述べておられるように、デリダが読解したテクストを、「デリダとともに、しかしデリダから離れて」あらためて読み直す、という点にあるようだ。そして、デリダの思索の中心にあるのがハイデガーであるので、カフカ(第T部)、ハイデガー(第U部)、ベンヤミン(第V部)という三者を扱う小林氏の論述の蝶番になっているのも、やはりハイデガーということになる。

 

 小林氏は「問いの場処」(第T部)という本書で最も長大な論文で、カフカの有名な短篇『法の前』とハイデガーの『存在と時間』とを、二枚の鏡のように向かい合わせ、それぞれ一方の鏡に他をうつし出す。そして、両作品の精緻な分析を通じて、カフカの作品にハイデガーの「存在の意味に対する問い」と同じ問題構制を見出す。これはカフカ作品の哲学的謎ときの一つということになるだろう。他方、ハイデガーの思考には、カフカの作品にある「物語」、「表象」という「いかがわしさ」が欠如していることに言及し、ハイデガーの存在解釈の限界を確認する。だが、文学が哲学とは違って元々「表象」を主体とする言表である以上、ハイデガーの著作に表象の要素が欠けているというのは、ある意味では当然予想される結論と言えるかもしれない。

 

 小林氏の議論の導きの糸になっているのは、カフカの同じ作品を扱ったデリダの一九八三年の来日講演である。小林氏は「法の前」に「死の前」の重ね合わせを見出すのだが、「法の前」の「前」(vor)という前置詞にあれほどこだわったデリダが、カフカのテクストに出てくる「死の前」と「法の前」との並行性を見落としていることをあばき出す。さらに、デリダはこの物語を「起こらないことが起こる出来事の物語」、「絶えざる差延の物語」として読解したが、小林氏によればある重要な出来事が起こらないわけではない。それは田舎の男の死の直前に、法の中から「一すじの輝き」がさしてくることだ。デリダはこれをこの作品の「最も宗教的なモメント」と名づけるだけで、その読解に踏み込もうとしない。小林氏はそこにデリダが自らの読解に課した禁止を見る。ここにおいて「デリダから離れて」という小林氏の戦略は見事に成功していると思われる。

 

 第U部の「起源の問いの運命」では、八七年に公表されたハイデガーの『芸術作品の起源』のプレ・オリジナル版(三五年版)について論じられている。『杣道』に収録されている五〇年の版に対して、三五年版は芸術作品の起源を明白に「国民」と結びつけているという小林氏の指摘は、ファリアスの『ハイデガーとナチズム』などと考え合わせるとたいへん興味深い。

 

 第V部の「存在のアルケオロジー」は、一九三三年にベンヤミンが相前後して書き上げた『ベルリンの幼年時代』と、その副産物であると彼が称する『模倣能力について』という特異な言語論との関係を解明する。G・ショーレムがどうしても理解できないと言った両者の隠れた結びつきを、小林氏は「イメージの記録収蔵庫」としての言語という、ソシュールの対極に位置するようなベンヤミンの言語観を浮かび上がらせることによって、あざやかに解きあかす。そして、このような言語によるイメージの救済こそ、三一年以来、彼が折に触れて論じてやまなかった彼のカフカ解釈の中心的思想であることを明らかにする。私はベンヤミンのカフカ論はカフカ解釈としてはあまりにも強引な曲解だと思うが、しかし、その曲解がいかなる意図のもとに生まれてきたのかは、小林氏の論文からよく理解できた。

 

 本書は扱う対象が難解であるだけでなく、議論の進め方もハイデガーやデリダの思弁に即して行なわれるので、かなり難解である。その難解さはいわば門の中への侵入を拒絶する門番になっている。しかし、その門前で門の入り口を仔細に検討しているうちに、読者にはやがて「一すじの輝き」が訪れてくるだろう。ただ、最後にあえて苦言を呈させていただけば、引用されているドイツ語のスペルに誤記がかなり見られたことは残念であった。これは門番の外套に棲みついた蚤ということになるのであろうか。

 

出典:東京大学・教養学部報第364号、1992年2月12日

 

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