平野嘉彦『マゾッホという思想』(青土社)

  中澤英雄

 

 レオポルト・リッター・フォン・ザッハー=マゾッホ(183695年、以下ではマゾッホと略称する)は、「マゾヒズム」の語源となった作家として、その名はあまりにも有名である。しかし、代表作とされる『毛皮のヴィーナス』を除いては、その作品が必ずしも広く知られているというわけではない。また、作品自体が通俗的で、似たようなストーリー展開や、それこそマゾヒズム的儀式の反復的描写が多く、お世辞にも大作家とは呼べない。マゾッホは、ドイツ文学史において分類するのに困難をおぼえる作家の一人である。本書『マゾッホという思想』は、そういうマゾッホとマゾヒズムを思想史的な文脈の中で解読しようとする意欲的な試みである。

 

 本書は「プログノーゼ」という序章で開始され、「エピクリーゼ」という終章で結ばれている。この二つはいずれも医学用語で、それぞれ「疾病の経過にたいする医師の予知的な診断」と「疾病の経過にたいする医師の決定的な診断」を意味するという。著者の平野氏は、このような用語を使う意図について、「あとがき」で以下のように記している。

 

 《筆者は、自己を医師に擬しながら、マゾヒズムをひとつの「疾病」であると「診断」していることになる。しかし、それは、往時の精神病理学者がそうしたように、啓蒙的理性の立場を貫徹しながら、マゾヒズムという、一見、すぐれて身体的な現象に、「異常」というタームを与えてことたれりとするものではない。そうした物言いは、むしろそれが「疾病」であることによって、さまざまな問題を収斂させ、また拡散させるプリズムの機能をはたしていることを、すくいとろうとする意図にもとづいている。》(250)

 

 この「プリズム」が現出させる問題は実に多彩である。本書に即してあげていくならば

 

――「残酷な女」のイマーゴ、西欧近代の政治的権力の東欧辺境への転位(プログノーゼ)、写真とアウラ、肖像画、彫像、複製技術、機械的反復としてのマゾヒズム(第一章)、教育的倒錯、小説のテクストと毛皮というテクスチュア、自然と商品の両義性を持った毛皮、紙と身体への書記道具としての「ペンと鞭」(第二章)、三通の契約書、社会契約説のパロディ、啓蒙的理性への死刑宣告、文学と死(第三章)、契約の基盤としての法、法の起源としての神話、権力と暴力、美と権力の合一と乖離(第四章)、啓蒙的理性の対立項としての自然、悪としての自然、自然と弱肉強食的資本主義の等価性(第五章)、農耕と狩猟、マゾッホの農本共産主義の夢、農耕の神話化(第六章)、死物の蒐集と博物学、啓蒙主義への嘲笑(第七章)、フェティシズム、クラフト=エービングの解釈、フロイトのフェティシズム解釈(第八章)、擬人主義的書法、ダーウィニズム、バッハオーフェンの母権論(第九章)、ヘーゲルの「主人と奴隷」、歴史の擬人化、男性主体の現象学としての「精神」現象学、ショーペンハウアー主義者としてのマゾヒスト、ショーペンハウアーとダーウィンの擬人主義、生存競争の敗者の視点(第十章)、フロイトの『性欲論三編』、量的異常としてのサディズムと質的異常としてのマゾヒズム、『快楽原則の彼岸』におけるフロイトのショーペンハウアーへの接近、フロイトのマゾヒズム解釈の変更、エロスとタナトスの矛盾的同一、ドゥルーズのマゾヒズム解釈(第十一章)、カフカの『変身』におけるマゾッホの影響、マゾッホの母権的マゾヒズムとカフカの父権的マゾヒズムの差異、『流刑地にて』における書字としてのマゾヒズム(第十二章)、エクリチュールの主体としての父親の不在(エピクリーゼ)

 

 などの数多くの問題群である。

 

 以上のようなキーワードからも、著者が考察の際に念頭に置いているのが、ベンヤミン、アドルノ/ホルクハイマー、フーコー、ドゥルーズなどであることが看て取れよう。中でも著者は、それまでは単なる精神病理学的名称としてしか知られていなかったマゾッホを、文学と思想としてよみがえらせたドゥルーズのマゾッホ論を意識し、それを精緻化し、さらには「啓蒙の弁証法」を視野に入れて修正し、新たな読解を対置しようとしている。著者はたとえば、連作小説集『カインの遺産』のプロローグ作品である『漂泊者』に触れて、以下のようにドゥルーズに抗している。

 

 《『漂泊者』のなかで展開される二つの言説のうちで、ベグーヌイ〔引用者注:「逃亡派」というロシアの異端的宗派〕の修行僧による説教がダーウィニズムに基づいていたとすれば、この自然の声が典拠とするところは、いわばダーウィンを包摂したショーペンハウアーである。そうした布置からしても、この両者が対等の位置を与えられているのではないことは明らかだろう。ショーペンハウアーの「涅槃」の哲学は、ダーウィンの「淘汰」の理論を止揚し、救済すべき思想として提示されている。換言すれば、ショーペンハウアーの根源的な自然は、ダーウィンの農耕のパラダイムを否定はしないまでも、それを超えるべき範疇なのである。ドゥルーズの二つの用語をかりるならば、それは、もはや「農本共産主義」ではなくて、「草原のメシアニズム」である。ここで「私」に語りかけてくる「母親」も、ドゥルーズがいうような農耕の女神デメーテルではない。それは、狩猟も、はたまた農耕も、それらによって寓意化されるマゾヒズムの営みも、およそすべてをその裡に包摂する、ショーペンハウアーの「涅槃」の理念を擬人化した形象である。》(191)

 

 マゾッホにおけるショーペンハウアーの意義を明らかにしたこの議論はきわめて説得力がある。この箇所を含む、第九章から終章までの、ダーウィン、ショーペンハウアー、フロイト、カフカを扱った部分が、本書の最もスリリングで啓発的な記述であろう。

 

 ただし評者には、このように「思想として」解読されたマゾッホがあまりにも華麗で魅力的に見える。この華麗さは、あくまでもマゾッホを料理する著者の手さばきの見事さによるものである。もっとも、この手さばきによって切り捨てられてしまった部分もまた少なくはない。たとえば『再役兵』(1867)については、「小説のプロットに、直接、関係がないようにみえる」作品冒頭の自然描写が、「歴史を自然の範疇のなかに回収する」ための装置として細かく分析されるが(163)、ポーランドと小ロシア(ウクライナ)の民族問題が恋愛悲劇として描かれている物語そのものは無視される。

 

 また、何度か言及される『神の母』は、ドゥホボール教というロシアの宗派がモデルとされているが、マゾッホが描くドゥホボールは、まさにオウム真理教まがいの「カルト教団」(80)である。しかしながら、現実のドゥホボール教徒はこれとはほど遠く、絶対的な非暴力をつらぬいたがために帝政ロシアに迫害され、ついにはカナダへの移住を余儀なくされた人々であった。トルストイがドゥホボールを援助するために『復活』の原稿料を寄付したことは、有名な事実である。マゾッホはそういうドゥホボールを、自分のマゾヒズム的幻想のためにねじ曲げて利用したわけである。

 

 このように、本書ではマゾッホが生きた時代の東欧の具体的な民族的、宗教的問題についての背景的叙述がやや希薄だが、それは本書の執筆意図からしてやむをえない点であり、今後のマゾッホ研究が取り組むべき課題であろう。ともあれ、本書によってわれわれは、ドゥルーズを超える新たな刺激的マゾッホ論を手にすることができたと言えよう。

 

出典:『ドイツ文学』(日本独文学会)、第125号(2005年10月20日)、139頁〜141頁

 

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