汝殺すなかれ――クロアチアの物語――

 

 

 マーラ・バロヴィッチ伯爵夫人は、クロアチアの山岳地帯の町ザゴリアのキルケーであり、オムパレーであり、またセミーラミスでもあった。老いも若きも、すべての男たちが彼女の足もとにかしずいたが、彼女は美しいというよりも、むしろ醜いというべきであった。

 しかし彼女は、例の、人を驚かし、ひきつけ、魅了する醜さというものを持ち合わせていた。そして彼女の過去には、彼女を興味深い人物にする物語が存在した。

 彼女は、自分の夫が邪魔になり始めると、情人の一人を使って、狩りの最中に、このクロアチア人のニノスを撃ち殺させた、と言われていた。

 そして彼女は実に風変わりな女性であった!

 ある有名な詩人が言ったように、女性が芸術作品であるとするならば、芸術における好ましさ、優雅さの時代は、今日ではもう過ぎ去っていることを忘れてはならない。芸術においても愛においても、人は心地よい美しさよりも、残忍な真実を好んでいる。

 伯爵夫人は、こうした趣味が愛好するタイプの女性であった。彼女を情熱的に崇めていた二人のうちの一人、クローネンフェルス男爵は、彼女を「頽廃的」と呼び、もう一人のフォン・ブローダ氏は「自然主義的」と呼んでいた。

 彼女は軽騎兵のように馬を駆り、馬車を操り、ウサギ狩りやキツネ狩りをした。彼女はクロアチアの農婦風の、絵のように美しい衣装で、野や森をあてどなくさまようのを好んでいたし、また債権者が取り立てに来ると、犬用の鞭を振るって追い返した。

 そう、この伯爵婦人はまったくの借金漬けなのであった。グラニチの所有地の釘一本すら彼女のものではなかった。それどころか、彼女のつけているお下げ髪のかつらでさえ、彼女の所有物ではなかった。

 そこで、彼女の寵愛を得ようとする若いつばめたちは、ザゴリアのキルケーが二人の「東方の賢者」――彼らはブローダとクローネンフェルスをこういうあだ名で呼んだ――をとくに贔屓にしているのは、彼らが大金持ちのユダヤ人貴族だからだ、とお互いの間で話していた。

 クローネンフェルス男爵はかなり昔からの貴族の家柄で、そのためある程度の名望もあったが、これに対してフォン・ブローダ氏は、自分が最初に貴族の称号を与えられたばかりで、その上、まさに滑稽なくらい紋章に凝っていたので、みんなの悪い冗談の種となっていた。彼が自分の紋章をつけていない場所はなかった。それは飼い犬の首輪や、タバコ屋で特製に作らせたタバコにまでついていた。

 クローネンフェルスとブローダは良い友人どうしで、また良い戦友でもあった。というのは、二人とも予備役の将校であったからである。しかし、一人の女性をめぐって、男の友情はどれだけそのまま続くだろうか?

 彼らの互いの嫉妬は日に日に高まり、ついには、いついかなる瞬間に衝突することも覚悟せずにはいられないという、きわめて険悪な対立にまでなった。〔……〕

 

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