緒言

 

 本書は、チベット仏教の内容をほんの半分でも記述しているなどという大それた主張をするものではありません。このテーマに関してはたくさんの本があります。チベットと中国の間の政治的関係についても、ここでは、ダライ・ラマの人となりと彼の平和ユートピアの理解に重要な範囲で、ごく断片的に触れるだけです。

 

 本書は、ダライ・ラマが亡命生活を送っているヒマラヤ山脈のインド側にあるダラムサラの地で行なわれた、私のダライ・ラマとの会見に関する報告以上のものではありません。厳密な構成を持った本ではありません。私がダライ・ラマと行なった長い対話の採録です。モザイクの石が集まって、次第に一つの絵になるといった趣です。そこで本書は、大部分が即興的な質問、自然発生的な思いつき、同じくらい自然発生的な回答をとりまとめたものとしてお読み下さい。実際の対話がそうであったように、すべては形を整えることなく、自然の流れのままですが、ただしその対話は究極的には平和というテーマに集中していました。本書は、水の一滴に全体を映し出そうとする試みです。その全体とは、世界平和というユートピアと、ダライ・ラマが見すえているこのユートピアを実現する様々な可能性のことです。

 

 私たちの会話はテープに録音されましたが、オリジナルの会話は大部分が英語で行なわれました。込み入ったことを述べなければならないときには、ダライ・ラマがより容易にそしてより正確に表現できるようにチベット語で行なわれ、それが英語に翻訳されました。

 

 ドイツ語に翻訳されたこれらの対話はすべて真実のものです。必要なところでは、私はいくらか短縮しましたが、本質的な点は変更していません。二、三の記述は、まだありありとしていた記憶から補足しました。

 私は本当は、ダライ・ラマの魅力的な人格の描写のような、文学的に高度なものを書きたかったのです。本来なら、私はそういうこともできたでしょう。といいますのも、一週間の間、私は一日二時間半、彼と一緒に過ごしたからです。彼の隣にすわり、目と目を見つめあい、しばしば手を握りあったからです。しかし、私は鋭い観察をすることを自分に禁じました。いま彼のイメージ全体を自分の目の前に彷彿させてみますと、彼がどれほど多面的で多彩であるかが思われてきます。海外で講演を行なっている彼を見たときには、彼のことを、愛すべきかすかな皮肉を込めて、記者たちのしばしば馬鹿げた質問に答える、機知鋭く外交的に機敏な話し手だと思っていました。ダラムサラで私は、自然な全体的人格である彼を見たのです。それは、心配りの行きとどいたもてなし手、祭儀の威厳ある執行者、機知にあふれ、弁証法的な機敏さをもった対話相手、そして、愉快がり、ついには人の心を魅了する明るい大きな声で爆笑する少年でした。熱情的で、活力にあふれ、彼の生まれそのものの、ほとんど農民的なチベット人でした。自分自身にもある先入観をはっきりと認め、それを皮肉る懐疑的な思想家でした。女性である私に対しても、屈託なく、節度ある優しさをもった友人でした。私たち西欧人が語ることに、注意深く好奇心をもって耳を傾ける聞き手でした。崇拝されることを拒む素朴な僧侶でした。無遠慮な質問にも臆することなく答える、注意深い対話相手でした。自分自身の中に完全に統一した精神であり、一人のブッダとしての落ち着きを放射し、言葉と眼差しによって私たちに彼の世界を垣間見させ、人間的な近しさを禁じつつ、同時にそれへと誘う人でした。私は彼の「ポートレート」を描いて、多くの細部を伝えなければならないのでしょうが、私は、この多様な人物をただヴェールを通して見ただけだ、ということを自覚しています。この人物の全人格を体験としてかすかに予感したのは、彼と私が二人きりで一緒に瞑想をし、彼が私に「偉大な誓願」をさせたときのことでした。この誓願については後ほど述べることになるでしょう。

 

『ダライ・ラマ 平和を語る』

 

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